「うちの宿六」=役立たず亭主
「うちの宿六」とは妻(山の神)がどうしようもない自分の亭主(夫)に対して言う言葉です。きょうはその役立たずの亭主「宿六」のはなし。
なぜ役立たずの亭主を「宿六」というのかというと、二つの説があるようです。
<その1>
「宿の碌でなし」が短くなった。
(「宿」・・古語で自分の家 「碌(ろく)でなし」・・報酬、収入がない)
つまり、家の中で仕事もなにもしないでごろごろしている無収入の亭主。
<その2>
数字の「六」を漢字で表すと「陸(りく)」(ろくと読む)と書きます。
ちなみに「一(壱いち)」「二(弐にい)」「三(弎さん)」「四(肆し)」「五(伍ご)」「六(陸ろく)」・・・・
そしてこの「陸」という漢字はもともとは土地などに凹凸がなく平らでゆがみがないことを意味するところから、完璧・満足の意味がありました。
すなわち、「陸(ろく)でもなし」は満足できない、役立たず、無頼の徒(ぶらいのと=やくざ)となっていったのだそうです。
あなたはどちらを信じますか。どちらにしても妻が夫を罵(ののし)る場合に使うことばに変わりはないようです。
しかし、しかし、男と女の世界はそんなに単純なものではありません。うちの宿六と罵りながらもかいがいしく亭主につくす妻がいることも、これまた世の中の妙(みょう)であります。
今日はこれくらいにして酒でも飲もうかな。
(奥に向かって)お~い酒くれっ。
(返事なし。)
・・・・・???